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修理川小学校は今年の4月から石垣小学校へ通うことになり133年間の歴史を閉じます。本校として最後の学習発表会となり、地域の方々や関係者など45人が来てくれました。 歌や合奏、6年生による修理川小学校の歴史を振り返る発表などのときには、参加者の多くが涙ながらに聞き入っていました。最後に参加者全員で記念写真を撮りました。 私は、あわてていったので大事なカメラを持っていくのを忘れ、撮れませんでした。 修理川小学校133年間の歴史をたどると(金屋町史などから) 明治6年ごろ、修理川地区の児童は、徳田学校(徳田の大乗寺で)へ通学になっていたが行く者は少なかった。 明治11年12月、観音寺庫裏で修理川校として開校。児童数10名。 22年、校区を修理川、松原、宇井苔となる。 26年、修理川尋常小学校となり、就業4年の学校となる。児童数41名 33年、修理川尋常小学校の宇井苔文教場として現宇井苔集会所地に建てる。 1947年、修理川小学校となる。同宇井苔分校となる。 50年、児童数が120名となる。 55年、金屋町立修理川小学校となる。 59年、児童数は107名 63年、校歌が決まる。(河野駿也氏作詞、北原雄一氏作曲) 64年、パン給食はじまる。 68年、児童数42名、宇井苔分校10名 79年、100周年祝う 83年、宇井苔分校休校 88年、宇井苔分校廃校 92年、現校舎完成 2011年、児童数6人 2012年、休校決定、石垣小学校へ統合。 |
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